気象神社2018年03月04日 19時25分30秒


この頭の上
10,000m上空まで
こいつを昇らせてやるんだ
必ず届く
太平洋を越えてアメリカ大陸に
こいつをぶち込んでやるんだ
西から東へ向かうジェット気流
奴らはまだ知らない
なあ
次に晴れるのはいつだ

東京がまだ軍都だった頃
高円寺駅の北に
陸軍気象部があった
気象に関する調査研究などを目的に
設立されたものだという
きっと毎朝エリート達が
中央線で通っていたに違いない

その敷地の中に
気象神社が置かれたのが
昭和19年4月だという
敗戦を迎えるまでわずか1年余り
戦地ではあの無謀なインパール作戦が
実施されているような時期である

出口の見つからない幹部連の
苦肉の策なのか
最早神頼みしかあるめえと
カミカゼでも吹かせようと思ったのか

だが誰がセレクトしたのだろう
この気象神社の祭神は
八意思兼命ヤゴコロオモイカネノミコト
智慧の神様である
携わった当時の人々の
真面目さが浮き上がってくるではないか
もっと智慧を
もっと正確に
明日の明後日の気象を予測するのだ
誰もが真面目で一所懸命だったんだ

そしてさらにオモイカネは
ニギハヤヒ王朝の幹部の一人でもあった
祭神を選ぶ際に
アマテラスでもなく
ヤスクニを分祀するわけでもなく
日本の初源の神を持ってくるあたり
ベストなセンスと言っていいだろう

敗戦後
連合軍の調査漏れにより
この神社は生き残ったのだそうだ
駅の反対側にある氷川神社に
無事遷座された
氷川神社の祭神は勿論スサノオ
スサノオはニギハヤヒの父親だ
またも幸福な組み合わせが生まれてる

現在では
気象予報士の合格祈願や
結婚写真の撮影日の晴天祈願で
結構な人が訪れるという
なんとも平和な話ではあるが
どうも昨今
気象現象が
私達の子供の頃とは違ってきてると
誰もが感じているのではなかろうか
化石燃料による温室効果ガスの放出が
その原因と言われて久しいが
そんなもの糞食らえと宣う
頭のイカれたリーダー達の登場で
そんな議論は何処かへ
吹っ飛んじまったようだ

まだ3月初めだっていうのに
今日はポカポカ陽気だったしね
俺のお袋が暮らす北海道は猛吹雪だそうだ
気象予報士は天気の予報は言ってくれるが
何故そうなるのかの疑問には答えてくれない

智慧で乗り切るのだ
この先何が起きようと

気象神社

気象神社
東京都杉並区高円寺南4-44-19

北野天神社2018年02月11日 18時50分43秒


駅前で何かをがなり立ててる男
何を伝えたいのかさっぱり合点がいかぬ
中国の事をわざわざ支那と呼ぶ
そうか今日は建国記念日だったな
右翼の街宣車が矢鱈滅多ら多いと思ったら

明治より以前の昔の人は
そう思っていなかったのだが
明治になってから
天皇は神聖にして侵すべからずと
万世一系
八紘一宇
天皇のために命を捧げましょうと
政府は躍起になって大号令
日本人は真面目だし
まだ親父や爺さんが武士だった記憶もあるもんで
国民総動員
あいつは非国民
あいつは不敬
てな具合になっていったんだろうね
たかだか明治になってからなのに
日本の伝統でも何でもないのに

明治の学者が一所懸命計算したのが
日本の建国の日
日本書紀の記述に基づいて計算すると
神武天皇が即位したのが
なんとキリストの生まれる
660年も前の2月11日だったのだそうだ
つまり
今年西暦2018年は
神武紀元2678年である
平安時代の貴族も
室町時代のサムライも
そんなこと知らんで生きていたのにね

もちろん戦後アメリカ人により
こんな計算は廃止されたのだけど
現在では
「建国をしのび、国を愛する心を養う」
ために祝日にすると規定している
まあ休日は多い方がいいわけで
別に文句はないのだが

所沢市にある北野天神社は昔
物部天神社という名前であった
祭神は饒速日命ニギハヤヒ
最早
関東いや全国の主要な神社は
すべてニギハヤヒ
あるいはニギハヤヒの一族
を祀っていると言っても
いいくらいの勢いだな

御多分に洩れず
此処でもニギハヤヒの痕跡を
隠そうという意図が見える
ある時代に菅原道真を合祀して
北野天神と名前を変えた
あるいは変えさせられたのだろう
そんなことも知らない純朴な受験生は
ここでお守りを買ったり
お祈りしたりしてるのだ
頑張れよ受験生

空を飛ぶ巨大な磐船に乗って
ニギハヤヒはこう言う
「空見つ日本の国」※日本=ヤマト
(大空から眺めて、よい国だと選ばれた日本の国)
最初にこの国を日本と名付けたのはこの人だ

最初に磐船でヤマトの地に
天降ったのもまたニギハヤヒだ
ニギハヤヒは
天神の子であるしるしの宝物を持っていて
それを神武天皇に献上する
つまり
皇位を譲ったということだ
これらはすべて記紀に記述されていることだ

関東いや全国にこれだけ支持された
前王朝の存在
これこそが建国ではなかろうか
巧みに隠された今となっては
その年代の確定も難しかろうが
「建国をしのび」とは
政治的な意図で闇に葬られた
たくさんの人々を
政治的な意図など抜きに
偲ぶことなのではあるまいか
総理
どうなんだい

北野天神社

北野天神社

北野天神社

北野天神社
埼玉県所沢市小手指元町3-28-29

石浜神社2018年02月04日 00時01分12秒


崩れ落ちた屋根と壁に
血のような夕日が刺す
泥濘の中に横たわる男
死体から衣服を剥ぎ取る非人達
城は落ちた

怨霊に怯え続けた聖武天皇は
やたらと都を遷したり
大仏を造らせたりと
チキン野郎の気紛れな思いつきに
無数の人々が翻弄されていく
さらに聖武天皇は勅願といって
各地に国分寺や神明宮を建てさせたりもした

隅田川の西岸に建つ石浜神社も
そんな神明宮の一つだ
この周辺に目をやると
南千住から北千住にかけて
いくつもスサノオを祀る神社がある
恐らく出雲系の人々が古くから居住し
豪族化していたのだろう
そしてそんな土地故に
神明宮建立の地に
選ばれたのだと考えられる
ひょっとすると古墳でもあって
聖地であったのかもしれない
根拠はないが
征服者の常套であろう

長い長い時間が経ち
日本中にきな臭さが漂い始める
この地にいた江戸氏の一族
石浜氏が神明宮近傍に城を構える
戦乱の世となった後は
幾度か合戦の地となり
幾筋もの血が流れた

武蔵野を跋扈した武士に加え
地元の有力百姓が領主などと
主従関係を結んだ地侍が登場する
もう毎日が戦だ
何が何だかわからないが
戦いは始まり
何が何だかわからないが
死んでいく
そんな人が何万といたに違いない

決して歴史に名前など残らない人々
時代は変われど
何が何だかわからぬまま始まり
何が何だかわからぬまま終わるのは
いつの世でもまた一緒の事
勝つか負けるかわからないが
それでもその瞬間
昔のサムライも日本兵も
今の君も僕も必死だろ
チキン野郎の思いつきに
翻弄されたとしても
サムライアタックで
蹴散らしてやれ

「ああ戦いにこだわって敗れゆく定めだとしても
移ろうこの世間にゃズレてる方がいい」
(「ズレてる方がいい」エレファントカシマシ)

石浜神社

石浜神社

石浜神社

石浜神社
東京都荒川区南千住3-28-58

大國魂神社〜武蔵国総社2018年01月28日 18時36分15秒


大体さぁ
俺たちの若い頃ってぇのは
現場に行ってね
それで全部覚えていったんだよ
現場には必ず厳しい人がいてね
最初は怒られる訳よ
コッチは何も知らないからさ
それと偉い人を連れて行くんだけど
彼奴ら何にもしないからね
先々の宴やら宿泊やら段取りが大変でさ
我儘言うしね
無理矢理飲まされたり
それが仕事だったんだもの
今じゃあ
現場なんか行かないだろ
こんな書類なんかで済ませちゃう
ホント気の利かない奴ばっかりになっちゃった
おい聞いてんのかよ
飲めよ

大國魂神社は武蔵国の総社である
本殿が三殿構造になっており
真ん中にオオクニヌシ
一ノ宮から六ノ宮まで
武蔵国の主要な神社の祭神を
左右に配している

大和朝廷による
律令体制の施策により
ここ府中の地を国府とし
国司が中央から赴任
執務の為の国庁・国衙
つまり役所がこの
大国魂神社の辺りに存在したことがわかっている

当初国司は主要な神社を巡拝するのが
役割の一つであったが
なにせ電車もバスもない時代
一年のほとんどをこの巡拝の旅で忙殺され
それなのに中央からは税徴収が滞っているなどと
文句を言われ
やってらんねえよと言ったかどうかは知らないが
役所のそばに集めちゃえばよいと
出来上がったのが総社という仕組み
岡山県の総社市なんて地名にもなっている

全てを調べた訳ではないが
国府に置かれた総社の主祭神は
オオクニヌシがメインのようだ
普通に考えれば
大和朝廷なのだから
アマテラスを持ってきて
いいようなものだが

これまで見てきた一ノ宮から六ノ宮までの
スサノオ・ニギハヤヒの系譜
大和朝廷が入ってきたときには既に
各地で主要な神社となっていた程に
統治構造が完成していたと
見るべきではないだろうか
そこにいる人々は
スサノオ・ニギハヤヒへの信奉を持って
日々の暮らしを送っていたのではなかろうか

暴力的な支配では
人々は言うことを聞かない
これでは税が思うように集まらないと
大和朝廷は考え
私たちは皆さんの神様に敬意を持ってますよと
巡拝の仕組みをつくり態度で示した

さらには
簡素化・効率化の追求・働き方改革
あるいは役人の怠慢のように見える
総社の仕組みは
スサノオ・ニギハヤヒの
怨霊を恐れてのことと
見た方が良いかもしれない
あちこち行ってる間に
他が祟ってはたまらんと
モグラ叩きゲームに
気が気でなかった筈だ

少しでも近くに
いつでもすぐにでも
怨霊鎮めの祈祷が出来るようにと
役所のそばに置いた
というのが真の理由
だと思う

そして大和朝廷は
スサノオ・ニギハヤヒの名前と
輝かしい功績を消すことを忘れない
素直に国を譲るオオクニヌシという
キャラクターを仕立て上げ
そこに祀る
出雲大社と同じ手口だ

巧妙な遣り口は長い時間の経過で成就し
日本史の教科書は未だ
国の始まりはぼんやりとしたままで
霞の中から唐突に聖徳太子が現れたり
これじゃあ受験生だって暗記もできやしない

一方で武士の台頭
幕府の成立により
国司の制度は有名無実化し
役所自体が不要になったのだろう
柱の穴だけを地中に残して消滅
つい最近までその所在すら
わからなかったという

どうせ当時の役所の建物なんて
現在と一緒でセンスのないつまらんもの
だったに違いない
税を取り立てる奴等の集団
その所在など人々の関心事ではない
そしてそこにいた役人も
また然り

大國魂神社

大國魂神社

大國魂神社

大国魂神社
東京都府中市宮町3-1

杉山神社〜武蔵国六之宮2018年01月21日 18時48分09秒


逞しい父さん
どうにも僕は
あなたを超えることはできない
でも父さん
僕は僕のやることを
出来ることを見つけたんだ
父さん
見ててください
このごつごつの溶岩だらけの荒れ地を
緑の樹木で一杯にしてみせます
百年千年かかるかわからないけど
世界中で一番美しい国に
きっとしてみせます

「その上には松や杉の薄暗い森が影を作り、この樹木におおわれた山々の頂の上には、さらに遠い連山の藍色が浮かび出て、そのまた上にぼうと灰色に霞んだ山脈のシルエットが重なっている。」(神々の国の首都 小泉八雲)

「たとえば山では、自然林が伐採され建材用の杉植林、川にはダム、丘は切り崩され海岸を埋め立てる土砂に化け、海岸はコンクリートで塗りつぶされる。山村には無用とも思える林道が網の目のように走り、ひなびた孤島は産業廃棄物の墓場と化す」(犬と鬼 アレックス・カー)

武蔵国の六の宮である杉山神社の祭神は
五十猛命イタケルノミコト
同名同祭神の神社が
鶴見川流域に集中して分布している
江戸時代の記録では72社
現在44社が確認できる

イタケルはスサノオの息子
父とともに朝鮮半島へ渡り
木種を大量に持ち帰り
全国に植樹していった
という伝説を持つ

ニギハヤヒとは腹違いの兄弟になる
ニギハヤヒは王位を継ぐに相応しい
荒々しさなどを兼ね備えた
カリスマタイプ
イタケルは民衆への植樹指導など率先して行う
真面目で心優しい男
というイメージ

全国を転々と種を蒔いて歩いたイタケルは
最後に和歌山に到達する
紀伊国一宮である伊太祁曽神社の
祭神は言うまでもなくイタケルだ
紀伊の伊はイタケルのイだ

そんなイタケルが
関東のまとまった地域に
集中して祀られているのは謎である
として片付けられているが
私達はこの武蔵国の一宮から始まる
ニギハヤヒの系譜を見てきた訳で
正式な歴史には綴られない綴られていない
大和朝廷以前の王朝による支配が
この関東に及んでいたことの
さらなる証明に他ならない

そしてきっとその支配は
暴力的なものでは決してなく
植樹や製鉄の新技術を持って現れた人達を
驚嘆と歓悦の思いで
それこそ神を見る思いで
受け入れていったに違い無い

百年前に小泉八雲の著した書には
美しい日本の風景が綴られている
たかだか百年
一方で同様に外国人から見た
現在の日本を伝える書では
国土の破壊が繰り返される
無様な姿が晒される

たかだか百年のことだ
日本の美しい自然ってやつを
自分以外の誰かがどこかできっと守っていて
いつでもそこに行けばそこに在る
とみんなが信じているような気がする
だけどそんな場所なんか
本当に無い

現実は残念ながら不可逆だ
それを残念と思うのかも今や疑わしいが
公共事業が悪いとかいう単純な話ではない
進歩発展のために作り出した筈の制度と仕組み
巧妙なシステムがこれ以上の進歩を拒絶する
この国ではもう誰も何もできない
何もできないと気付かせないほどに
問題は地獄のように深い

杉山神社


杉山神社

杉山神社
神奈川県横浜市緑区西八朔町字宮前208