葺城稲荷〜誰か故郷を想わざる2013年02月02日 20時52分38秒


そこは屋根葺き職人の町だった
幕府の政策による強制的な代地への移転であったが
人々は逞しくその地を住処とした
そこで見つけた小さな祠を 俺達の神様にしようぜと
今日から俺達はお稲荷様の氏子だと
代々地域でこの神社を管理していくと約束した

時代は過ぎ、なだらかな丘は削られアスファルトの道路となり
周りには巨大なオフィスビルが建ち並び
少しずつそこを住処とする人は減っていった

私は北国で生まれ育ったので
今でも故郷へ帰ると
小さい頃遊んだ山や海がまるで同じ姿でそこに在るのを
当たり前のように思ってる

だから
東京を故郷に持つ人々が小さい頃遊んだ町を訪れた時
そこで何一つ懐かしい面影を見つけることができないとしたら
そこで一体何を想うのかを
私は理解することができない

心ある人の仕業だろうか
雨漏りが酷いのだろう小さな祠を守るため
建家の屋根に白いビニールシートが被せてある
嘗て此処は たくさんの屋根葺き職人の住む町であったのに


葺城稲荷神社
東京都港区虎ノ門4−1−3

神田明神2013年02月03日 16時46分34秒

平将門は逆賊であるぞと
江戸城を皇居とした今、その鬼門に朝敵がいるなどあってはならんと
明治政府の誰が言い出したのだろう
将門は祭神から外された
天皇の系統の祖であるアマテラスへ国を譲ったオオクニヌシは問題なく残され
将門の席にはオオクニヌシの国造りパートナーであるスクナヒコナが祀られた

だが民衆は反発した
殿様を引き摺り下ろしただけでなく俺達の神様までも奪うのかと
人々は将門を求め続けた
東京の人にとって平将門はヒーローでありスーパースターなのだ

敗戦による明治体制の崩壊と、天皇が人となったのち
昭和59年ようやく将門が祭神として返り咲いた
その間100年
民衆は決して将門を忘れなかったのだ


神田明神
東京都千代田区外神田2−16−2

洲崎神社〜パラダイス、夢の跡2013年02月17日 19時21分57秒

深川の海の先っぽ、洲崎神社の隣の埋め立て地に巨大な遊郭が誕生した
橋だけが唯一、遊郭への入り口
東京帝国大学の設置にあたり、根津遊郭の移転先としてこの埋め立て地が選ばれた
あるいは 遊郭を移転するため埋め立て地が造成されたのか
そうであれば 遊郭造営に公金が投入されたということだろうか
興味は尽きない

戦後、東側が赤線となり、洲崎パラダイスのネオンアーチが橋を渡った入り口を飾った
昭和33年の売春防止法施行によりネオンは消え、住宅地として現在に至っている

人は入れ替わり、日常の生活を送る姿は他の街となんら変わるところはないが
新しい家やマンションの間に異様な建造物が突如現れる
柱に貼られた細かいブルーのタイルはまるで宝石のように存在を誇示する
壁面に残る屋号の文字、客を待つ女達が入口付近に座る古写真と光景が重なる

つい最近まで残っていたこれらの建造物ももはや存在しない
正式な記録にもなり得ず、歴史的価値も認められず
日常の生活の反復がやがて過去を完全に人々の記憶から消し去るだろう

だが
歩くとわかる
街の中心を貫く道路の異様な広さは
火除けの知恵であり 吉原仲之町を模した大通りであり
海に向かって堂々たる桜が植えられていた名残だ
整然とした区画は遊郭のための設計だ
ここを歩くと
大勢の人々の欲と狂乱と悲惨と絶望が粘性のある地霊となって
鮮やかなタイルの破片と共に
この薄っぺらいアスファルトの下に蠢いている
そんな気さえしてくるのだ

洲崎神社の祭神は女神である市杵島姫命
波除の碑は過去からの津波の警告



洲崎神社
東京都江東区木場6-13-13

鮫ヶ橋せきとめ神2013年02月24日 15時48分49秒

何故東京の街中に乞食や浮浪者がこんなに溢れるのかと
明治政府は驚愕した
良くも悪くも江戸の行政システムとして存在していた弾左衛門や車善七といった機能は崩壊させたのに
階級社会の上っ面を変えただけでは、その末の歪みは当然のことであったろう
貧しい人々は谷底に集まった
目の前に東宮御所が位置するじめじめとした湿地に巨大なスラム街が出現する
谷底は汚物と伝染病と飢餓の坩堝と化す
陸軍士官学校から排出される残飯が有価物として取引され
彼らはなけなしの金でそれに群がる

いつから在ったものだろう
小祠が現在に残っている
鮫ヶ橋という地名は消滅し
きれいな公園に整地された谷底では
子供達が野球の練習に精を出す

人々は何処へ行っただろう
つい百年前のことだ
小祠は祈りを集めただろう
保証なき残酷な世界からの救済を
あるいはささくれ立った精神は
そんなことを考える余力すら無かったかもしれない

戦後、新興の巨大宗教組織がそんな谷底に出現し
困窮する者たちは飲み込まれ
この小祠には咳止めに効くという伝説だけが残り
もはや此処を訪れる者は少ない



鮫ヶ橋せきとめ神
東京都新宿区南元町20