玉ノ井稲荷〜濹東綺譚2013年03月20日 13時17分38秒

ラビラント
永井荷風はこの街をそう呼んだ
足しげく通うドブと蚊の溢れる私娼窟に
一体何を見たのだろう

「ぬけられます」の看板
タイル貼りの柱とアシンメトリーの建築
窓から白粉の女が誘う
曲がりくねった細い路地が永遠に続くかのような

梅雨明けから秋の彼岸までの束の間
互いに素性を語らず聞くこともなく
男と女は言葉少なに同じ時を過ごす
そして
唐突な幕引きで物語は最上級の美しさに昇華する

濹東綺譚はここを舞台にしている
迷宮のような町並みはそのままだが
僅かだが赤線時代の建築は残っているが
今では普通の住宅地と商店街でしかない

時代は変わり
娼婦がフーゾク嬢と呼ばれ
相変わらず男と女の束の間の物語は夥しく生まれてはいるが
今やそれを美しく見ることも記すことも
誰にも興味が無いようだ

「お雪は倦みつかれたわたくしの心に、
偶然過去の世のなつかしい幻影を彷彿たらしめたミューズである」
永井荷風、最高に格好いい

濹東綺譚に何度も出てくる玉ノ井稲荷
曹洞宗東清寺に合祀されている
狐だけが往時のものだろうか
たぶん




玉ノ井稲荷
東京都墨田区墨田3−10−2