不知森神社2018年05月27日 18時24分08秒


もうどのくらい
此処にいるのか
何時から
此処にいるのか
俺はもう
こんな所にはいたくない
どうして
どうすれば
此処を出られるのか
呪いにでも掛かっているのか
知らぬ間に犯した罪の罰なのか
それとも
俺の頭が
どうかしてしまったのか

八幡の薮知らずと呼ばれる此の地は
往時から入ってはいけない禁足地として
全国に知れ渡っていた場所だそうだ
一度入ったら出られない
入れば必ず祟りがあると

駅から僅かに5分も歩くと
突如現れる鬱蒼とした竹藪
入ってはいけないという
タブーを
誰もが今でも守っている

知ってか知らずか
ペットボトルが中に捨てられていたりするが
捨てた人間はきっと
家に帰ってから熱を出したり
自転車がパンクしたりしたに違いない

市川市教育委員会が立てた説明板には
入ってはいけない理由が諸説あると書いてある
近くの八幡宮の行事の
魚を放す池の跡で
行事が途絶えた後も
入ってはならぬことだけが伝えられたと
訳のわからない結論付けをしている

諸説のもう一つに
将門の伝説がある

平将門平定のおり
平貞盛が八門遁甲の陣を敷き
死門の一角を残したので
此の地に入ると必ず祟りがある
というものだ

これもよくわからないのだが
将門打倒のため
此処に仕掛けを施したってことか
都合よく将門が此処に来ないことには
有効じゃないような気がするが
しかも将門が討たれた後も
仕掛けを解くのを忘れちゃって
今に至るということだろうか
貞盛しか解き方を知らねえんだよ
などと皆で溜息をついたのだろうか

これに関しては
平将門魔方陣という本で加門七海さんが
さらりと謎を解いている

薮知らずから東北
つまり鬼門の方角へ
辿っていくと
茨城県稲敷郡美浦村の辺りに
ぶつかるのだそうだ
そこは将門が守護神とした神仏を
将門自ら祀った場所で
つまりこの薮知らずは
将門の守護神を
今でも死門で封じ込め
将門の復活を或いは祟るのを
防御する
謂わばインフラシステムであったのだ

そりゃ疎かに破壊したり
好立地マンション建てたりは出来ないよね
行政サイド或いは国か?もきっと
秘密裏にこの事が
延々と受け継がれているに違いない

放射性廃棄物を10万年間埋めておく時も
この禁足地のシステムを使うと良い
その意味が忘却されてから後も
人々はきっと
そこには近づかないように
するだろうから

不知森神社

不知森神社

不知森神社

不知森神社
千葉県市川市八幡2-8

コメント

_ カメ子 ― 2018年06月06日 07時50分49秒

ダンディさん、お久しぶりです。こんにちは。
私、12年前まで市川に住んでおりました。
こちらの神社、不思議と前を通っても目に入らないぐらい
時間が止まって閉ざされた空気感でした。
名前も知らず、どんなことになっているのかも今回はじめて知りました。
さすがですね。参考になりました。ありがとうございます。
ただ神社ですから、このままでいいのか?という気がしますね。
またいろいろとあちこちの神社楽しみにしております。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://dandyhandsomeboy.asablo.jp/blog/2018/05/27/8860759/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。