小野照崎神社2014年03月09日 06時09分06秒

こんな馬鹿な事が罷り通るなど
もはや組織の体を為していないではないか

小野篁は朝廷に噛み付く
上の顔色ばかり窺う茶坊主だらけの朝議の席で
頑然と独り噛み付く

小野篁は
平安時代前期の公卿
百人一首でも有名な歌人でもある

頭のいい男だったのだろう
小汚い策略と機能しない組織への憤りを
美しい歌にしたのだという

痛烈な批判を込めた西謡道という歌
結局は嵯峨天皇の怒りを買い
流罪となってしまうのだが

西謡道はタイトルだけが伝わり
今や中身を知る事が出来ない
本来忌むべき表現を興に任せて多用したもの
であったという

国家権力によって表現作品が潰される
過激な歌詞や原発批判のため発売禁止となった
頭脳警察やRCサクセションのようだな
反骨精神に溢れる小野篁は
史上初のパンクロッカーなのかもしれない

パンクなんて言葉も無かった当時
民衆や茶坊主達は
朝廷に楯突き島流しにされても
さらに要職に引き立てられる篁の事を
驚愕を持って見ていた事だろう

夜には地獄に降りていって閻魔大王の補佐役を担う
というような超人篁の様々な伝説が生まれる
そんな伝説が信仰となり
いつしか篁は神となり
この東京の地にまで伝わったのかもしれない

こんな逸話が伝わる
嵯峨天皇は文字を書いた紙を示し
子子子子子子子子子子子子
これが読めるかと問う
篁は
猫の子は子猫 獅子の子は子獅子
とスラスラ読んで天皇をギャフンと言わせたという

そういえばもう20年も前
先輩に連れられて行った川崎の
場末の小汚いスナックに「子子子」ってのがあったな
酒と煙草で声を嗄らしたママさんが読める?って
結局教えてくれなかったけど
「こねこ」だったんだろうなあ
読めるまで20年もかかったよ




小野照崎神社
東京都台東区下谷2-13-14