尾久八幡〜愛のコリーダ2014年09月28日 17時49分51秒


大正3年
西尾久二丁目にある碩運寺の境内で温泉が出た
寺の湯は大ヒットとなり
周りに次々と温泉旅館がオープン
さらに芸妓屋や料理屋が集まり三業地へと格上げ
ついこの間まで田圃だったこの地が
一大遊興地へと変貌した

昭和11年
2・26事件が起きるなど社会に不穏な空気が流れる中
この尾久三業地を全国的に有名にした事件が起きる
世に言う阿部定事件
首を絞められ性器を切断された殺人現場に
マスコミはエログロな猟奇殺人を喧伝
三業地は見物客で溢れ阿部定景気に湧いたという

昭和22年
我らが安吾先生
阿部定本人と対談までしちゃってる
破滅へ向かって走り始めた息も詰まるような時代に
反動的に扇情的に書き立てられた
世相に対するジャーナリストの皮肉であると分析する

たった一度なんです
それがあの人なんです
三十二で恋なんて
おかしいかも知れないけど
でも
一度も恋をしないで死ぬ人だって
たくさんいるんでしょう

いたって正常で
純粋で可愛い女性がそこにいた

そして現在
地下水の汲み上げで温泉はとっくに出ない
三味線の音に代わって
子供の練習するピアノの音しか聞こえない
今はもうその面影を探すのは難しい
妙に入り組んだ路地と
新地と書かれた電話の標識くらいか

多分この道を
愛しい人の身につけていた
ステテコとシャツを腰巻きの中に着け
雑誌の表紙で包んだ
包丁で切断した愛しい人の
血だらけの性器を大切に抱いて
阿部定は急いだ

電車道の向こうに八幡さまが見える
待合に入る前に
二人でお参りした
かどうかは
わからない

「お定さんの場合は、更により深く悲しく、いたましい純情一途な悲恋であり、やがてそのほのぼのとしたあたたかさは人々の救ひとなつて永遠の語り草となるであろう。恋する人に幸あれ。」
(「阿部定さんの印象」坂口安吾)




八幡神社
東京都荒川区西尾久3-7-3