妻恋神社2013年07月28日 16時35分01秒

荒れ狂う波頭の前に
日本武尊は為す術もなく
船は方向を失い
最早これまでかと項垂れる傍ら
妾妻の弟橘媛オトタチバナヒメが
これはきっと海神の仕業
私がこの嵐を沈めます
と自ら海へ身を投ずる

蝦夷の地に
平定の証として
日本武尊を祀る神社が
次々と建っていく
支配される反発を
抑制する手段の一つとして
悲劇のヒーローの物語は
有効だったのかもしれない

美しい物語に因み
いつしか
妻恋神社と呼ばれ
江戸時代には関東惣社を名乗り
大いに賑わったという
単身赴任の藩士のお父さんなども
恐らくは置いてきた妻のことを
思い出したりしたに違いない

今は何故だか
周りをラブホテルに囲まれ
日曜の昼間だというのに
ひっきりなしに駐車場に
車が出入りする以外は
参道を歩く人などほとんどいない




妻恋神社
東京都文京区湯島3-2-6