神田明神その3〜mement mori2014年09月20日 22時54分52秒

あいつは死んでしまった
手紙をもらったのが一年前か
大腸ガンだと書いてあった
俺にも精密検査行った方がいいですよと書いてあった
まだ行ってない
少しでも笑ってくれるかと
俺は神田明神の隣で買った
将門キューピーを送った
そしてこの夏
奥さんと三人のまだ小さい子供を残し
あいつは死んでしまった

悲しみの矢は突き刺さって抜けやしない
こめかみを貫いた矢のように

神道では死は忌避される
ケガレと捉え遠ざける
身内が死んだら五十日は神社に来るなと言う
死の前で神は無力を露呈する
長い歴史の中で
死の領域までカバーする仏教に
軍配が上がっていったのは当然かもしれない

だけど怒りと欲に満ちた無知な私達は
お釈迦様の言葉を理解できず
いつまでもお坊さんのお経をありがたがったり
意味不明の呪文に不思議な力を信じたりしてる

お経はもともとはお釈迦様の言葉で
その言葉は死んだ者への供養なんかではなく
はっきりと生きている者へ向けられている

明日とか昨日を妄想しないで
無常の今を生きろと言う
慈しみの心を持って
全ての生命の幸福を願えと言う
自分もまた必ず死ぬのだということを知り
悲しみを超え今を生きろと言う
その言葉は
とてつもなくポジティブで正しい

「家についた火を水で消し去るように、
智慧に満ちた賢者、巧みな人は、
湧き起こった悲しみを、
風が綿花を吹き払うように、即座に消す。

自分の憂い、未練、悲しみを引き抜くこと。
自分の幸福を求める者は、
刺さった箭を引き抜くのである。

箭を引き抜き、涼やかになり、
こころのやすらぎを得る。
一切の悲しみを乗り越えて、
悩みなき寂静に達する。」
(「箭経」アルボムッレ・スマナサーラ訳)
※箭:矢のこと。




神田神社
東京都千代田区外神田2-16-2