牛島神社2014年04月12日 18時49分15秒

姐さんは長唄の稽古の帰り道
背筋の通った凛とした歩き方で
行き交う誰もが振り向き目で追う

夕暮れに姐さんは
子供の頃に歩いた土手を思い出す
散った桜の花びらが海を目指して流れてく
たくさんの時間が流れて
こんなとこまで何しに来たんだったっけと
夕暮れに姐さんは立ち止まる

真面目に稽古しない半玉に苛立ったり
昨夜怒らせてしまった客のことを思い出したり
それでも姐さんは背筋を伸ばし
さあ仕事だとまた
凛とした姿で歩き出す





牛島神社
東京都墨田区向島1-4-5

稲荷神社〜田園ハレム2013年12月23日 14時10分05秒

広大なダンスホールに
イヴニングドレスを着た美女が総勢300人
生バンドの音に合わせ
優雅にダンスを繰り広げる

男達は
柵のこちら側でジッと睨む
ビールも飲まずに只々ジッと睨む
見物料50円
チケット10枚150円(このとき見物料不要)

敗戦が決まった途端
日本の偉い人達は
アメリカ兵がやってきて
妻も娘も婦女子は全て
アメリカ兵に強姦されると恐怖して
「日本婦女子の純潔を守る為の肉の防波堤」
を築く目的で
政府が五千万円出資し
民間から五千万円の出資を募り
株式会社特殊慰安施設協会
(RAA:Recreation Amusement Association)
を設立する

RAAによる慰安所設置の方針にいち早く対応し
昭和20年11月28日
小岩の田園地帯に
「東京パレス」がオープンする

踊る美女達の中から
気に入った娘を選び
ハレムに導かれるというシステムらしい

ここに我らが安吾先生が突撃取材をしてる
先生はブンガクなんかやってるから
こんな女性自身みたいなネタも
坂口安吾全集なんかにきっちり収められちゃってる

戦争に負けて
ほんとにアメリカ兵がどしどしやって来て
美しい未亡人がパンパンになったり
学校の先生が突然民主主義者になったり
だけど
生き残った人達は
以外に明るく生きてたのかもしれないと
突撃取材を読んで思う

現代の風俗産業がどこまでも
アンダーグランド化し矮小化する様は
社会全体の閉塞とつまらなさと
今を生きてる人の暗鬱さを
映し出しているのかもしれない

目の前の姿だけが正解じゃない
少し隙間を作って生きなきゃ
みんなおかしくなっちまうぜ

さて神社だが
田園だったんだからお稲荷さんくらいあるだろうと
探したら矢っ張りあったという訳サ



稲荷神社(名称不詳)
東京都江戸川区南小岩5丁目あたり

深川住吉神社〜海人族の末裔③2013年08月31日 18時48分55秒

平和な時が続いている
もはや戦に駆出されることもない
将軍もすでに八代目
勇猛果敢であった祖先のことを
覚えている者も少ない

ようやく深川八幡門前の町屋建設の許可が下りた
当然、町名は佃町と付けよう
岡場所で流行る場所だ
陸のビジネスでも一発当ててやるぜ

江戸時代
深川は吉原に匹敵する一大遊里であった
遊女はあひると呼ばれた
別にアヒル口だった訳ではなく
船頭の隠語で二百のことをガァと言ったらしい
揚げ代四百文でガァガァで家鴨だそうだ

公許の吉原とは違い
格式に拘らない気風は
鯔背で御俠な後の辰巳芸者を誕生させる
明治、大正、昭和と遊里は隆盛を極め
バブルと共に完全に消滅する

有事の際の備えであったのに
いつまで待っても有事は訪れず
その機能の記憶も薄れていく
あとは時代と共に立ち居振る舞うしかない

全てが過ぎ去ったこの街に
海人族の末裔が建てた小さな住吉神社だけが残る
佃町の町名も今はない




住吉神社
東京都江東区牡丹3-12-2

津の守弁財天2013年07月21日 16時58分50秒

石段を底の方へと
写真家は降りていく
擂鉢の底へ
エロスとタナトスを探して
写真家は降りていく

美濃国高須藩藩主、松平摂津守の上屋敷が
明治維新の後開放され
擂鉢状の地形の底に
溜まるように花街が形成された

擂鉢の底には
4mに及ぶ滝があり
池の畔の弁天様は
町人に人気があったのだろう藩主を偲び
津の守弁財天と呼ばれるようになる

男達もまた
花街を目指し降りていく
三味線の音と
白粉の匂いの溜まる
擂鉢の底へ
降りていく

酔狂の果てにも
欲は満たされることなく
擂鉢の底に溜まり続けるが
傍らに置かれた弁財天が
生から死への出口装置として機能し
人はその装置をくぐらないまでも
再び生きるということを
思い出すのかもしれない

無機的に計画された都市整備には
そんな出口装置が無い為に
人は出口を探して彷徨い
無理矢理こじあけた扉の向こうへ
行ってしまう

この町と同じ名前の天才写真家は
1枚の写真にエロスとタナトスを同時に焼き付ける
この町を写した
あの猥雑なノイズに満ちた被写体を探してみたが
擂鉢の底から見上げても
なんだか間の抜けた空が広がってるだけだ





津の守弁財天
東京都新宿区荒木町10

芝浦妙法稲荷神社〜消えた三業地2013年06月01日 20時05分23秒

雨降る芝浦の地を歩く
他に人影もなく
低廉なコンクリートの建築群は
ただ無機質に整列を繰り返すのみ

そいつは唐突に出現する
紙のような空間をぶち破る巨大な岩石のように
真っ黒な雨雲の下
木造二階建ての堂々たる建築物が出現する

関東大震災後に発展した港湾機能
瓦斯会社や芝の字を冠する大企業の立地
輸入車を扱う新興産業といった一大ビジネス街と
まさに隣り合う
江戸時代からの遊興地の流れを継ぐ三業地

かつて街は酔客と美しい芸妓で溢れていたのに
戦後は客足が新橋や銀座へと流れていったのか
今はその名残を探すのも難しい
そんな中
空襲からも生き残った見番が
木造二階建ての堂々たる建築物が
現在も残されている奇跡

溜め息の出るような鋭角の瓦屋根は
ビニールシートで隠され
建物全体は金網で覆われてはいるが
玄関の迫力ある唐破風や彫刻や丸い玄関灯は
往時を偲ぶに充分だ

区の有形文化財になってるらしいが
公開したり何かに利用する気配もなく
明日にも崩落し取り壊される勢いだ
こいつは見ておかなければ後悔する
急げ

三業地の外れに
柘榴の木とともにあった小さなお稲荷さん
今は何故か頭上に釈迦像を配置
何でもありの日本人の信仰の象徴

このお稲荷さんのある東京ポートボウル裏には
バブルの象徴たるジュリアナ東京があった
俺を忘れるなと
かつての遊興の地であった土地の地霊が
あの喧噪と狂乱が忘れられず
もう一度とここに呼び寄せたのかもしれない



芝浦妙法稲荷神社
東京都港区芝浦1-13